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弁護士コラム:【交通事故】受傷否認について

2021.10.31
1 はじめに

加害者側が被害者の受傷を否認する、つまり治療費などの人身損害の支払いを拒否するケースがあります。以下、これが問題となった裁判例をご紹介します。

 

2 大阪地判令和3年2月19日

保険会社側からは、加害者側は受傷していないのに被害者が受傷するのは不自然であると主張されることがあります。

この点について、裁判所は「同一事故の当事者が当然に同程度の傷害を負うものではなく、衝突時に防御体勢をとったかどうかや身体的耐性によっても受傷の有無や程度が左右される」とし、加害者側が受傷していないことをもって被害者側は受傷していないとはならないと判断しました。

 

3 福岡地判令和3年5月17日

自賠責保険は「双方車両とも衝突に伴う車両の移動が認められないことや双方の車両に明らかな変形や凹損が認められないことから」「身体に医療機関での治療を要する程度の外力が加わったとは直ちに認められない」などの理由により、事故と治療との相当因果関係を否定しました。事故による衝撃の程度が軽微であることを根拠としたものと思われます。

これに対して裁判所は「原告車の左側部については、フロントフェンダーやフロントドアパネル等に損傷が及んでいること」などから、自賠責保険とは異なり事故と治療との相当因果関係を認める判断をしました。

このように自賠責保険で事故と治療との相当因果関係が否定されたとしても、裁判所では認められる場合があります。

 

4 大阪地判令和3年7月9日

加害車両が停車中の被害車両の右サイドミラーに接触し、擦過痕が生じた事故でした。裁判所は、右サイドミラーに生じたのは擦過痕のみで、折損することがなかったことから、被害車両や被害者に加わった外力は軽微であったとして、本件事故と受傷との因果関係を否定しました。なお、この事案では、自賠責保険の被害者請求においても因果関係が否定されています。

 

5 さいたま地裁令和4年3月15日(自保2125号)

裁判所は、①被告車両の速度は低速度であったこと、②原告車両のサイドミラーに残る損傷はカバー先端部分の僅かな欠損とミラー本体の擦過痕にすぎず、ミラーが割れたりするなどの損傷はなかったことから、サイドミラーに掛かった外力はそれほど大きくなかったこと、③被告車両と接触したことによる原告車両の衝撃は原告車両のサイドミラーのカバーが前方に脱落することにより吸収されて弱まり、車内の乗員に伝わる衝撃は少なくなると考えられること、④被害車両が原告車両の車体に接触していないことから、原告の身体に傷害をもたらすような外力が加わったとは認め難い、としました。

なお、被告車両の最大積載量は1万2900キログラムの大型トラックで、事故当時6000キログラムの冷凍食品を積載していたの対し、原告車両の重量は1200キログラム程度の普通乗用車だったので、両車両には重量差がありました。裁判所は、この点を考慮したとしても、結論は変わらないとしました。

 

6 大阪地裁令和3年11月15日

タクシー同士の追突事故で、被害者は後部座席に乗っていたお客さんでした。自賠責は受傷を認めたうえで後遺障害14級と認定しましたが、裁判所は、加害車両は時速2キロメートルの速度で被害車両に追突したこと、被害車両はブレーキを解除しており接触後わずかに前進して停止したのみであること、被害者は事故当日・翌日に医療機関を受診しなかったことなどから、低速の軽微接触事故として、受傷そのものを否定しました。

なお、追突事案における衝撃の程度については、別記事弁護士コラム:【交通事故】追突事故による衝撃の程度をご確認ください。

 

7 大阪高裁令和3年9月14日(自保2113号)

追突事案で、被害車両は後部バンパーの塗装が中心で総額7万円程だったこと、追突により前に移動していないこと、エアバッグが作動しなかったこと、事故当日に治療を受けていないことから受傷を否認しました。

また、被害者が事故当日に治療を受けなかったのは加害者の保険会社から一括対応を拒否されたからであると主張したことについて、裁判所は、交通事故により痛みを伴う受傷があったのであれば、加害者の保険会社の対応にかかわらず、とりあえずは自身で治療費を負担してでも医療機関により診察・治療を受けるのが通常の行動である、と排斥しました。

 

8 信義則違反について

これまでの話は保険会社が事故当初から治療費の支払いを拒んでいたケースです。反対に、被害者は加害者側の保険会社から治療費が出ているため安心して治療に専念できると思っていたところ、加害者が裁判になったとたん事故と治療費との因果関係を争ってきたケースはどうでしょうか。つまり、被害者側がこの加害者側の訴訟行為は禁反言の法理に反して許されないと主張した場合,裁判所はどのように判断するかが問題となります。

この点について、裁判所は、保険会社がいったん治療費を支払いながら、その医学的根拠が十分でないとか、裏付けとなる証拠が乏しいと主張したとしても、禁反言の法理に反しない、と判断する傾向にあると思われます。

 

9 補足:債務不存在確認訴訟と被害者請求

加害者側が、受傷否認して、被害者側に対し債務不存在確認訴訟を提起することがあります。被害者側が自賠責に被害者請求をし、その判断を待っている最中に債務不存在確認訴訟が提起されたとします。
この場合、自賠責は、債務不存在確認訴訟が終結するまで判断を留保することになります。そして、自賠責は、裁判所の判断を踏襲することになります。

 

10 最後に

本稿に関連する記事として、弁護士コラム:【交通事故】治療費の必要性・相当性についてをご確認ください。

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