1 はじめに
2022年6月13日、侮辱罪の法定刑の引上げに関する法案が国会で可決・成立しました。
以下では、改正の経緯や内容について簡単に説明していきます。
2 改正の経緯
インターネット上での人の名誉を侵害するような書き込みが行われた場合、それは容易に拡散される一方、インターネット上から完全に削除することができません。また、匿名で書き込むことになるので、過激な内容を書き込むことへの心理的ハードルは低くくなり、エスカレートしがちです。そのため、インターネット上での名誉侵害行為は人の名誉を侵害する程度が大きく、また、社会の風潮としても、これを強く非難する傾向にありました。
ところで、人の名誉を侵害した場合、名誉棄損罪、侮辱罪が成立する可能性がありますが、前者は事実を適示することから類型的に名誉侵害の程度が大きいとされ「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」とされているのに対し、後者は事実の提示がないことから「拘留又は科料」とされていました。
実務上、侮辱罪が成立した者について、平成28年から令和2年までの間、拘留に処させられた者は一人もいません。他方で、同期間のうち科料に処せられた者は合計120人です。年平均24人になります。科料に処せられた者のうち約96%以上の者が9000円以上の科料に処させられています。
このように、インターネット上で悪質な名誉毀損行為を行ったとしても、事実の適示がない場合はせいぜい9000円の科料に処せられるだけであり、まったく抑止に繋がっておらず、また、名誉毀損罪の量刑と不均衡となっていました。
そこで、改正法では、当罰性の高い名誉毀損行為を厳正に処罰するため、侮辱罪の法定刑を引き上げることにしたのです。
3 改正前
刑法231条では、侮辱罪の法定刑を「拘留または科料」と定めていました。
拘留とは「1日以上30日未満とし、刑事施設に拘置する。」という刑になります(刑法16条)。
科料は「1000円以上1万円未満とする。」とされています(刑法17条)。
また、刑法上、「拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない。」(刑法64条)とされています。侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」の法定刑のため、幇助犯は成立しません。
さらに、侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」なので、「被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限」って、通常逮捕されるにとどまっていました(刑事訴訟法199条1項但書)。
また、侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」なので、公訴時効の期間は1年となっていました(刑事訴訟法250条2項7号)。
4 改正後
改正法では、当罰性の低い行為はなお想定されるので「拘留または科料」は存置した上で、当罰性の高い行為を捕捉するため「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金」が追加されることになりました。
このように侮辱罪に懲役刑が追加されることにより、改正前と後とで関係規定の適用について次のような違いが生じます。
例えば、侮辱罪の幇助犯が成立し得ることになります。
また、住所不定の場合、侮辱罪の嫌疑で逮捕される可能性があります。
さらに、公訴時効は3年となりました(刑事訴訟法250条2項6号)。
5 問題点
前述したとおり侮辱罪の法定刑に懲役刑が追加されることにより逮捕される可能性が出てきたので、侮辱罪の処罰範囲が明確でないことと相まって、表現行為に対する萎縮効果が生じるではないかという問題意識があります。
また、法改正の背景には、民事裁判で認められる慰謝料額が低額であるため抑止効果にならないという問題がありましたが、そうであれば慰謝料額を適正化すればよいのであって、侮辱罪の法定刑を引き上げる必要はないのではないかという問題意識もあるところです。
なお、名誉毀損の慰謝料は30~60万円がボリュームゾーンで、侮辱(名誉感情侵害)であれば高くて10万円と言われています。