1 はじめに
原告らが飼っていたペット(ゴールデンレトリバー)が、被告に所属する獣医師及び動物看護師の過失により、手術中に死亡したことを理由に、被告側に慰謝料等を請求した裁判例(大阪地裁令和3年10月20日、判例タイムズ1503号)を紹介します。
2 被告側の主張
被告側は、慰謝料は購入価額を相当程度下回ると主張しました。
「動物であるメミは,民法上,動産として扱われる。動産の損害額は,時価により算定される。犬は動産であり,減価償却を観念できるから,本件事故時におけるメミの時価は,購入時における時価と同じではなく,メミが平均寿命の半分程度の年齢に達したことを時価の算定にあたって考慮すべきである。ゴールデン・レトリバーの取引市場において,成犬は,子犬よりも需要が少なく,市場価値は大きくない。ゴールデン・レトリバーの子犬の市場価格は,購入先や種類によるが,一般的に10万円から50万円程度とされている。したがって,メミが死亡したことによる慰謝料は,購入時価格を相当程度下回る」としました。
3 裁判所の判断①(一般論)
「犬をはじめとする愛玩動物は,生命を持たない動産とは異なり,それぞれ個性を有し,自らの意思によって行動するという特徴があり,飼い主とのコミュニケーションを通じて飼い主にとってかけがえのない存在になることがある。特に,近年では,飼い主が,こうした愛玩動物を,自己の子供に対するかのように,家族の一員として愛情を注ぐことも一般的にみられている。そうすると,飼い主が大切に飼育している愛玩動物を失ったことにより精神的苦痛を被った場合には,財産的損害以外に慰藉を要する精神的損害があるといえるから,このような損害は民法710条の「財産以外の損害」として,損害賠償の対象になると解するのが相当である。」
4 裁判所の判断②(あてはめ)
裁判所は、諸々の事実を認定した上で「原告らがメミを失ったことによる精神的苦痛の程度は大きいといえる。」としました。
他方で、慰謝料の減額事由として「原告らが仕事をしている間はメミが家に一匹でいる状態であること(原告X2本人・13頁および14頁)や,原告らはメミについていわゆるペット保険に加入していなかったこと(原告X1本人・9頁)からすれば,原告らは,愛玩動物を飼育している一般的な家庭と比べて特別に手間をかけた飼育をしていたとは認められない。」と認定しました。
慰謝料額としては、「合計50万円(原告らそれぞれ10万円)と認めるのが相当である。」としました。
5 裁判所の判断③(被告主張の排斥)
「メミの購入価格は30万円であること(認定事実(3)ア),メミの死亡時の年齢は6歳程度であり,ゴールデン・レトリバーの平均寿命が約12年であること(認定事実③イ),一般的に犬の値段は子犬の方が成犬よりも高価であること(乙25,26),メミが血統書等通常の犬と比べて財産的価値を高める事情を有していたことはうかがわれないことからすれば,本件事故当時,メミに財産的価値があったとは認められない。
しかし,原告らがメミを失ったことによる精神的苦痛は,財産的損害以外の慰藉を要する精神的損害であるから,その金額は,メミの購入価格や本件事故時のメミの財産的価値によって直ちに決まるものとは認められない。したがって,被告の上記主張は採用できない。」としました。