1 最決平成31年4月26日
多数意見は次のとおり判示しました。
「子の引渡しを命ずる審判は、家庭裁判所が、子の監護に関する処分として、一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し、当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり、これにより子の引渡しを命ぜられた者は、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは、子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって、子の引渡しを命ずる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。
しかしながら、本件においては、本件審判を債務名義とする引渡執行の際、二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず、長男(当時9歳3箇月)については、引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため、執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。また、人身保護請求事件の審問期日において、長男(当時9歳7箇月)は、相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し、その人身保護請求は、長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却された。
以上の経過からすれば、現時点において、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は、具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において、本件審判を債務名義とする間接強制決定により、抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは、過酷な執行として許されないと解される。そうすると、このような決定を求める本件申立ては、権利の濫用に当たるというほかない。」
裁判官山崎敏充の補足意見は次のとおりです。
「間接強制の申立てを受けた執行裁判所は、提出された債務名義に表示された義務についてその履行の有無や履行の可否など実体的な事項を審査することはなく、当該義務の履行があったことや当該義務が履行不能であることなどを理由として申立てを却下することはできないのが原則である。」
「本件は、間接強制決定が過酷執行として許されないことが、間接強制の申立てに先行する手続における裁判機関等の判断により明白になっているといえる事案であって、このような場合には、執行裁判所は、例外的にそうした事情を考慮して間接強制の申立てを却下すべきであり、このように解したとしても、執行手続の迅速性を害することはないと考える。」
2 最決令和4年11月30日
多数意見は次のとおりです。
「長男が抗告人に引き渡されることを拒絶する意思を表明したことは、直ちに本件申立てに基づいて間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではなく、本件において、ほかにこれを妨げる理由となる事情は見当たらない。原審は、上記意思が現在における長男の真意であると認められ、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる相手方の行為を具体的に想定することが困難であるとして、本件申立てが権利の濫用に当たるというが、本件審判の確定から約2か月の間に2回にわたり長男が抗告人に引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる本件の事実関係の下においては、そのようにいうことはできない。したがって、本件申立てが権利の濫用に当たるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。」
裁判官宇賀克也の補足意見は次のとおりです。
「本件においては、相手方には、長男の抗告人への引渡しに協力する姿勢が見られるものの、長男の抗告人に対する強固な忌避感情を取り除く努力が十分であったとまではいえないと思われる。そして、かかる努力を行っても、長男の抗告人に対する強い忌避感情を和らげることが期待できないと判断したときは、相手方は、長男の監護者の変更の申立てを行うことや間接強制決定自体を債務名義とする執行力の排除を求めて請求異議の訴えを提起することができる。したがって、本件で直ちに間接強制決定が権利の濫用に当たるということには躊躇せざるを得ず、今後、上記のような努力がされることが望まれるところである。」