1 基礎収入の考え方
基礎収入額は、原則として事故前の現実収入額になります。
例外として、事故前の現実収入額が賃金センサスを下回っている場合、将来において平均賃金を得られる蓋然性が認められれば、平均賃金額を基礎収入額とされています。
また、赤本によれば、若年者(事故時概ね30歳未満)は、未就労者の基礎収入を賃金センサスの全年齢平均値とすることとの均衡を考慮し、全年齢平均の賃金センサスを用いるのが原則とされている。
以下では、若年者(事故時概ね30歳未満の者)についての裁判例を検討していきます。
2 徳島地裁令和3年10月8日(自保ジャーナル2112号)
被害者は、症状固定時が30歳でした。
27歳の時点(事故前年)で、151万円ほどの給与収入がありました。
該当の賃金センサスの平均賃金は371万円でした。
裁判所は、事故前年の給与収入が151万円であることからして、今後、従前の2倍以上の371万円の平均賃金を得られる蓋然性はなかったとし、200万円の限度で基礎収入を認めました。
詳しい判決文は次のとおりです。「原告は,本件事故の前年である平成21年度において約151万円の給与収入を得ていたこと,症状固定日時点において30歳であったことが認められる。そうすると,原告は,症状固定日時点において比較的若年であったということができるので,平成21年よりは多くの給与収入を得られた可能性が認められる。もっとも,原告の給与収入は,27歳の時点において,賃金センサス(女学歴計25から29歳)の半分以下の約151万円であったのであるから,従前の2倍以上の約371万円の給与収入を得られる蓋然性が原告にあったとまでは認められないので,賃金センサスを利用することは相当ではない。そこで,本件の一切の事情を総合考慮すると,原告の基礎収入として200万円を認めることが相当である。」
3 名古屋地判平成29年12月19日
この裁判例は、21歳男子の事故前年の給与所得が男子学歴計の年齢別(20歳~24歳)平均賃金と同程度であったこと等を理由として、男子学歴計の全年齢平均賃金を基礎としました。
「証拠(原告本人・尋問調書31ないし33頁,甲32)によれば,原告は,高校1年次の7月又は8月頃に高校を中退し,塗装や防水等のアルバイトをしており,本件事故当時は,有限会社Eの正社員として,スプリンクラー設置の仕事をしていたことが認められる。また,証拠(甲33の1,34)によれば,原告の平成19年(本件事故の前年)分の給与所得は,314万6000円であり,本件事故前3か月分の給与は,平成20年6月分が30万6500円,同年7月分が30万2000円,同年8月分が29万9500円であることが認められる。
また,証拠(甲35,36)によれば,原告は,本件事故当時,高所作業車(2~10m未満)の資格を有しており,クレーン運転特別教育及び玉掛特別教育(1t未満)を修了していたことが認められる。
原告は,本件事故時21歳,症状固定時25歳であるところ,前記認定のとおり,事故前年の給与所得は314万6000円,事故前3か月分の給与の月額平均は30万2666円(年額換算すると363万1992円)である。これに対し,賃金センサスの平成24年・男子労働者・学歴計・20歳~24歳の平均賃金は,311万5500円であるから,原告は,本件事故時,少なくとも賃金センサスの男子労働者・学歴計の平均賃金相当の収入を得ていたといえる。
このような原告の稼働状況,収入額及び年齢等に鑑みると,被告の主張する点を踏まえても,原告の基礎収入につき,賃金センサスの平成24年・男子労働者・学歴計・全年齢平均賃金の529万6800円を基礎とするのが相当である。」
4 さいたま地裁令和3年12月21日(自保ジャーナル2113号)
被害者(女性)は事故時30歳の会社員で、てんかんの既往症を有していました。
事故前年の収入は217万9050円でした(裁判所の認定額)。
原告は、基礎収入を388万0100円(賃金センサス令和元年第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額)としました。
これに対し、裁判所は、被害者は事故時30歳と若年者ではないこと、てんかんの既往症を有していたことを理由に、217万9050円を基礎収入としました。
判決文は次のとおりです。「・・・この金額(筆者注:217万9050円)は,賃金センサス令和元年第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額388万0100円と比較すると低い金額であるが,本件事故時点で原告は若年者とはいえない(30歳)ことや,・・・原告の既往症(筆者注:てんかん)も考慮すると,低すぎて不当であるとはいえない。」
この事案の被害者は、現実収入が賃金センサスの半分以上となっていましたが、裁判所は、年齢と既往症を考慮して、現実収入を基準としました。
5 横浜地裁令和3年7月30日(自保ジャーナル2105号)
被害者(女性)は、症状固定時24歳でした。
事故前年の現実収入は184万円ほどでした。
被害者の経歴については生命科学技術に関する専門学校を卒業後、本件事故当時はバイオなどを中心とする研究業務に従事していました。
原告は、「本件事故時24歳の若年労働者であり、平成29年賃金センサスの女性学歴計全年齢平均額である377万8200円を基礎収入額とすべきである。」と主張しました。
これに対し被告は、「本件事故前年の原告の所得は184万2976円であるから、基礎収入はこれを上限とすべきであり、賃金センサスを基準とするにしても、学歴や年齢に対応したものとすべきである。」としました。
以上を踏まえて裁判所は、「基礎収入は、原告の年齢や学歴を踏まえ、平成29年賃金センサスの女性学歴計全年齢平均額である377万8200円(原告の主張する基礎収入)とするのが相当であ」るとしました。
裁判所は、判決文では明確に言及されていませんが、被害者の年齢学歴に加えて、被害者は就職して2年目に事故に遭ったこと、就労当初は低水準で、年齢とともに上昇するのが通常であることを考慮したものと思われます。
6 大阪地裁令和2年2月26日
24歳の准看護師について、賃金センサスの准看護師(産業計・企業規模計・男女計)・全年齢平均賃金を基礎と収入としました。 この事案は死亡事案になりますが、後遺障害逸失利益の基礎収入でも参考となります。
原告は、「Fは,本件事故当時,准看護師として稼働するほか,飲食店等の従業員としても稼働し,本件事故の日(平成27年5月11日)の前年度である平成26年度の年間所得は382万2721円であった。そして,Fは,看護学校にも通っていたことがあり,将来的に看護師の資格を取得し,常勤の看護師として稼働することが可能であったから,その基礎収入は,平成28年賃金センサス・看護師(産業計・企業規模計・男女計)・全年齢平均賃金479万5000円とすべきである。」と主張しました。
被告は、「Fは,本件事故当時,派遣社員やアルバイトとして稼働していたことなどからして,将来にわたって本件事故の前年と同様の勤務状態を継続していた蓋然性はない。また,Fは,本件事故当時,看護師の資格は有しておらず,看護師として24歳から67歳まで稼働することができたという高度の蓋然性もない。よって,Fの逸失利益を算定するにあたっては,その基礎収入は,平成26年賃金センサス・女性・学歴計・全年齢平均賃金である364万1200円とすべきである。」としました。
裁判所は、「証拠(甲29~33)及び弁論の全趣旨によれば,Fは,本件事故当時,准看護師として稼働するほか,飲食店等の従業員としても稼働し,本件事故の日(平成27年5月11日)の前年度である平成26年度の年間所得は385万2721円であったことが認められる。そして,Fは,死亡時の年齢が24歳と若年であり(前記前提事実),准看護師の資格を保有して准看護師として現に就業していたことからすると,Fの基礎収入が,平成27年賃金センサス・准看護師(産業計・企業規模計・男女計)・全年齢平均賃金である396万7300円を下ることはない。
原告Aは,Fの基礎収入につき,平成28年の看護師の平均賃金を基礎とすべきであると主張する。しかし,Fは,平成23年4月1日に看護師の資格を取得するために通学を開始したものの,同年12月22日に一旦はその取得を諦めて退学したこと(甲34),Fは,本件事故時点で看護師の資格を保有しておらず,看護師の資格を取得するために通学していたわけでもなかったこと(弁論の全趣旨)からすると,Fが将来的に看護師の資格を取得することになったとの蓋然性が証明されたとまではいうことができず,上記の主張を直ちに採用することはできない。」としました。
7 横浜地裁令和4年3月28日(自保2125号)
被害者は大卒27歳女性で、事故前年の年収は307万7030円でした。
原告は賃金センサス女性大卒平均460万3300円を基礎収入とするべきと主張しました。
これに対し被告は事故前年の年収からして女子学歴計平均377万8200円にとどまると主張しました。
裁判所は、被害者が27歳と若年であることを重視し、原告主張のとおり女性大卒平均を基礎収入としました。